最終電車

2001年8月2日
ちょっとときめく単語をタイトルにしてみましたが、今日のお題はチャコールフィルターの「はじけよう」(表記これでいいのか分かりません。)です。

ファンの方が読んでいらしたら、申し訳ないのですが。はい。
今年の6月上旬に発売された曲です。
CM流してたので、サビは聞いたことがあったのですが、そのときは、

これって、チャラの「あたしなんで抱きしめたいんだろう?」とメロディーラインかぶってないか?

と思っていただけでした。似てるんですよ。うん。

でまあ、それは置いておいて、昨日初めてフルコーラス聞きました。
思ってたよりいい感じでしたね。
で、鯖のツボフレーズが。

「熱くなって 最終電車も なくなって しまえばいい」

というところです。
良くないですか?鯖だけ?
「なくなってしまえばいい」…なんて子供っぽくて、他人任せで、無責任で。感情的で、後先考えてなくて。本能的?

(そういうことを言われてみたいと数秒思いましたが、終電に向かって走ろうとしているときにこんなことを言われたら、きれるだろうな。鯖だったら。あくまで、自分は傍観者として考えるからいいのかもしれない。)

で、自分本位に分析してみる。
理由は特にありませんが、鯖的には以下のシチュエーションが浮かびました。
※かなりヴォーカルさんの声質に影響されている。

季節は初夏。
場所は繁華街の駅前。時間は終電前。終電に乗るなら、そろそろ駅構内に入った方がいいかなというころ。
歌詞の主語は「僕」もしくは「オレ」(漢字で俺というほどの男前度ではない。)
相手は「キミ」(そして鯖はキミ的視点から歌詞を解釈しようとしている。)

「オレ」はおそらくハタチすぎくらい。コンビニか、CD店か、喫茶店か、そんな感じのところの店員さん。もしくはバンドマン(笑。楽器はギター)
「キミ」は「オレ」と同世代。おそらく中学か高校が一緒。でも、「オレ」よりは多少優等生な所があって、今は地元の中堅企業とか、信用金庫(制服はベストとタイトスカート)とかで働き始めて3年目。
そんな、近所のおばさんの受けも良い世間的に非の打ち所の無い「キミ」に「オレ」は、好意とともに多少のコンプレックスをもっているのかもしれない。

今日、二人はグループで遊びに出かけ、五月雨式にばらけて、同方向に変える二人が最後に残ったのです。そして、「オレ」が「キミ」に。

(「キミ」は帰ろうとしているが、「キミ」と「オレ」が)
熱くなって
(その結果として)
最終電車も
(ここでの終電とは、最後の砦を暗示するものでしょう。)
なくなって
(その後に続く時間をすごせたらいいなという気持ちがある。)
しまえばいい。
(でも、乗るな、帰るなと「キミ」に要求する度胸は無い。)

という気持ちを抱いている。のではないかしらん。

「オレ」の、自分に対する自信のなさとも、誰かが背中を押してくれないかなという期待、最終電車がもしなくなったら、「キミ」はどうするのだろうかという期待。
自分で何かするというよりは、棚ボタを期待する気持ちが強いのかもしれないが、それもまた青春のメモリーってやつですか。(「オレ」的には)
「しまえばいい」というのは「しまえばいいのになあ」という漠然とした願望よりは念じる気持ちが強いですね。踏み出したくて踏み出せなくてでも願う気持ちは強くて、光を待ってる。

それが、あのフレーズから感じられるのです。はい。歌全体のイメージからはもはやかけ離れていますが。あの1フレーズだけを取り上げれば、そんな感じ。

なんか、暴走。チャコールフィルターファンの方、すいません。(ここまで読んでくださった皆様にも。)

もう、妄想が暴走するようじゃカタギじゃないですね。ああ、名言っすよ、チーフ。
あづ。さん。
あづ。さんの愛をば、げしっと受け取りましたですよ。
読ませていただきました。くは。ストップしないでくださいね。
ここからが核心じゃないですか!続きを期待してますので、(とても)よろしければあづ。さんの都合のいいときにでも聞かせてください。

コメント

鯖

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